新潟の白根は日本有数の穀倉地帯である越後(新潟)平野の中央に位置し、司馬遼太郎の小説「峠」の中では幕末の偉人、長岡藩の河井継之助が北越戦争の只中、新潟での商務を終え長岡に戻る際の休憩地として描写され、「ここは村上藩の領地で信濃川の本流と支流(中之口川)のあいだにできた巨大な洲の上に町がある」と記載されています。交通の要衝であったのか街には現在でも趣のある建造物が残っており、周辺の広大な平野では米のほかルレクチェをはじめとする果物の生産が盛んに行われています。また伝統行事である白根大凧合戦は約300年の歴史を誇り、開催される6月初旬には多くの観光客を集めます。
当院はこの白根の地に白根健生病院として1958年に設立されました。以来60年以上に渡り新潟市南区(旧白根市)および隣接する西蒲区、秋葉区、田上町などの地域医療を担ってきました。2016年には新病院建設に伴い新潟白根総合病院として生まれ変わりました。設立以来、以下の3つの理念
1. 1人1人の生命を愛しむと共に人間としての尊厳を尊重した医療を行う。
2. 常に病める人の立場に立って、医療の担い手と受ける人との信頼関係を何よりも大切にする。
3. 疾病の予防から、治療、リハビリ、介護まで1人1人の病める人に相応しい良質な医療の提供を行う。
少子高齢化、人口減少の中、日本の医療は大きな転換点にあります。国が推進する地域医療構想の中で、新潟市でも機能に合わせた病院、医療スタッフの集約化や選別化が間もなく、いやもう既に始まっております。それに合わせて当院も病院の機能や形態を変化していく必要があります。しかし、地域に支えられた地域のための病院であるという原点は忘れずにこれからも歩み続けていきたいと思っています。今後ともよろしくお願い申し上げます。
病院長 飯合 恒夫
